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ダンデらいおん
拙い日々の事
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油は油で
毒は毒で
人は人で
血と血が濃くなれば、また同じ。

世界はそうやって出来ているらしい。

ん?いや・・・
言って見たかっただけ。

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無題
社会学の世界には社会化という言葉があり、社会化は遺伝的要因と社会的要因というモノがあります。

遺伝的要因というのはヒトの子はヒト、カエルの子はカエルという一般的なもの。


では社会的要因とは何か。
それはヒトはヒトの社会で育つからヒトになるという考え方です。
例えば狼に育てられた少女、という話があります。その少女は見た目はヒトですが、行動や言葉は狼そのままだったとか。
この場合、果たしてこの少女はヒトといえるのでしょうか。

また、最近ではブタを育てたトラというものがあります。本来餌であるはずのブタを育てたトラは果たしてトラなのでしょうか?


答えはあなたの中にあります。


という真面目っぽいデタラメな文章を陰陽師は大変なものをryを聞きつつ書いてみたんだがどうよ?
2007/02/19(Mon)00:04:36 編集
無題
狼に育てられた子シーラだっけか。
高校のとき先生に話ししてもらった記憶がある。

それはあれだな
もしも私が今の親に育てられず
養子にでも出されて、別の家庭で育てられたら
それは私であるか?って感じだな。

今の私にはすでに、「私」という形。イメージが出来上がっていて。
そのイメージを持ってる人たちからは、答えは否とでるだろうが
私を知らない人からすれば、どっちも「私」だろう。

つまるところ、人の先入観がそうさせるのだと思う。

私はこういう人である。
人とはこうである。こうあるべきである。
虎とはこういう生き物である。

そういった知識が型を作り、それから外れたものを異質なものと判断させる。
知識がある、ということは比較する→判断する。という流れを生み出す。
(これがレミ㌧の言う社会的要因で。)

もしも神の視点があれば、シーラもその虎も
すべからく人は人。虎は虎。っと答えるのじゃないだろうか。
(こっちがレミ㌧の言う遺伝的要因か。)

あ~、なんか久々に脳みそ使った気がする~。
仕事中にメモ帳つかってコメント考えてる自分最高。
カザミ 2007/02/19(Mon)10:50:16 編集
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